夫の家事を「手伝う」発言について考えたこと

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最近、ちょいちょい夫の家事を手伝うという言い方が世間を騒がしてますね。今回はそれについて考えてみます。

手伝うという言い方の是非

私は、夫の立場ですが、手伝うと言ったって良いと考えます。少なくとも悪くはないです。
何故なら、この言葉自体は自発的に申し出ているし、家事分担の必要性も認識しているからです。言葉の問題ではありません。

いやいや、そんな他人事だからダメなんだって

世の女性陣からは総スカンされそうですね。確かに、「手伝う」というと本当は自分のことじゃないのに、一時的にやってあげるという意味があるので、頭にくるのでしょう。

私もそれは理解できます。あなたも一緒に家事するのが当たり前なのに、その他人事みたいな言い方はないだろう?と。

妻のあなただって、他の事をしたいのに家事に追われて出来ず、イライラしてるところに、手伝う発言ですからね。

男性の意識が低い

でも考えてみて下さい。世の男性はそういった意識が低い現状を。残念ですが。

中には意識の高い男性もいるでしょうが、ほんの一握りです。また、女性と同じように日本人特有のみんなと同じを好む人がまだまだ多いです。

ということは、多くの世の男性が考えている常識という圧力が意識の高い男性にも影響を与えますよね。

書いてて怖いですが、家事は女性の仕事とか、重い荷物を運ぶのは男性の役目とか。そういった価値観の男性上司の中で家事やるんで帰りますなんていったら、出世なんか出来ませんよね。

出世しない→給料上がらない→男性としての自信喪失→男性としての魅力半減→離婚というスパイラルになってしまいます。

給料上がらない位で自信喪失ってアホか!と思うかもしれませんが、女性で言うと公然とブス呼ばわりされ続けるくらいのダメージを負います。

もちろん、最近では終身雇用も怪しいんだから会社に依存しないで生きる男性も増えつつはあります。この人達が多くなれば状況は変わるでしょう。

でも、現状はまだその段階にはありません。過渡期です。こんな中、手伝うと言うだけマシな夫だと思いませんか?

正論だけでは人は動かない

手伝うという言葉は悪いかもしれません。女性達が言うように当たり前にやってくれればいい話です。

しかし、現状できてないんですから、正論で相手を責めても、良いことはありません。正論で責めて気持ちは少しスッキリするでしょう。でも状況は変わらないですよね。

正論で相手を追い詰めてもイヤイヤ従うだけです。完全な受け身。女性達が望んでいる形ではないですよね。

あるいは、女性達はスッキリしたいだけでしょうか。違いますよね。この現状を変えたいんですよね。

であれば、アプローチを変える必要があります。

「手伝う」という言葉だったとしても、やることには変わりないんですから、やってもらう。根本は別にあるので言葉だけの問題にしない。

これは、妻を助けたいという気持ちの表れなのですから、これを無下に言葉がおかしい、意識がおかしいで拒否したら、せっかくのチャンスを潰します。勿体無いです。上手く盛り上げてお互い気持ち良く家事しませんか。

人間は自分がやっている事、やろうとした事を全否定されると、素直になれなくなります。経験ありませんか?

じゃあなんで手伝うなんて言葉で言うのか

いつもやってないので、何をしたら良いかわからない。どうやってやったら良いかわからない。以前やってみたけど、怒られたことがある。
そのため、「手伝う」という言葉が出てくるのです。

「手伝う」ははじめの一歩と考えて、教育していけばいいんです。そうすれば、自ずとやる夫になるでしょう。

いやいや、夫の教育とかありえないとか聞こえてきそうですが、会社では当たり前に仕事の教育してますよね?

それと同じです。何をやるのか、どうやってやるのかを教えるだけです。それを聞いた夫から、逆に提案があるかもしれません。そんな会話から家事の質、内容をすり合わせできると思います。

このすり合わせが出来てないと、まだ汚いとか、ここのやり方が気に入らないとか揉める原因になります。

また、大事なのは任せたら、ちゃんと任せる事です。途中で口出し、後でやり直す、注意するのはNGです。感謝ですよね。

逆を想像したら、分かると思うのですが、何かをしてる途中に、これじゃダメだとか、あれしろ、これしろと言われて素直になれるのでしょうか。

これを続けると自立は出来ないです。指示待ちになります。なぜなら、指示を待つのが一番効率が良いからです。だからやってはいけません。任せましょう。

結局どうしたらみんなハッピーなのか

どうなったら、みんなが嬉しいのでしょうか。男も女も自ずと気持ち良く家事をやることですよね?

しかし、「嫌われる勇気」でもありましたが、他人(夫でさえ)を直接変えることは出来ません。
「水飲み場まで連れて行くことは出来るが、水を飲むかどうかはその人次第」とあります。

変わってほしいので、少なくとも水飲み場までは連れていかなければなりません。でも、手伝うという言葉だけを無理やり変更しても、水飲み場までも行けません。ただ攻撃しているだけです。

ちゃんと家事を分担する必要性を伝え、やり方を教えて、やって見せて、褒める。そこまでやって水飲み場です。

「手伝う」という夫は最初のステップ、家事分担の必要性を認識するところはクリアしているわけですから、後のステップを進めれば良いわけです。

やり方が分かり、任せて、感謝できれば、ちゃんと夫はやりますよ。

早くこんな話題が大きく取り上げられない世の中になるといいですね。

取り留めのない文になりました。ごめんなさい。
皆さんのヒントになれば幸いです。

via PressSync

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